ウエイトレスはつらいよ 作:宮本陽介

登場人物

      かすみ(18)   ウェイトレス

      順子(20)     ウェイトレス

      真紀(21)     お客

 

 

  SE カフェ店内。接客の声や、喧騒。

 

順子「かすみ、窓際の席、伝票置いてきて」

かすみ「はい」

 

かすみM「とうとう、この時が来た。あの席、カップルがけんかしてるみたいで、さっきからずっと、重苦しい雰囲気なんだよね。女の人が一方的に怒ってて、男の人がぶすっと黙ってる。行きづらいよ」

 

順子「かすみ。なんで伝票持ってかないの?」

かすみ「順子先輩」

順子「わかった。あそこ、けんかしてるから、持って行きづらいんでしょ」

かすみ「順子先輩、わかるんですか?」

順子「あたしだって、新人の頃そうだったもん。けんかしてる席って、ホント周りから見てわかりやすいよね。本人たちはそうでもないと思ってるみたいだけどさ」

かすみ「そうなんですよ。しかも、コーヒーならまだしも、伝票ですよ、伝票。怒ってる人にお金払って下さいって言わないといけないんですよ。泣きっ面に蜂ですよ」

順子「しょうがないでしょ、仕事なんだから。さっと置いて、帰ってくればいいの」

かすみ「あ、じゃあ、わかりました。コップが空になってるみたいなんで、お水を注いでくるついでに、伝票持って行きます」

順子「ダメ。今水持ってったら彼氏にかける」

かすみ「はい?」

順子「あの彼女は、彼氏の浮気を疑ってるの。かすみは新人だから知らないだろうけど、今までに3回水ぶっかけてるからね」

かすみ「3回も?」

順子「ヒステリックなのよ。ああなったらもう、何言っても無駄。機嫌が悪化するだけ。それがわかってるから、彼氏もなんにも言わないんだよね」

かすみ「順子先輩、よく知ってるんですね」

順子「何年バイトしてると思ってんの? いい? そもそも、彼女は勘違いしてるのよ。あの彼氏は浮気なんてしてないんだから」

かすみ「え。それ、どういうことですか?」

順子「彼女、一週間前にこのカフェで彼氏が他の女といるところを目撃したの。それで浮気だ浮気だって騒いでるんだけど、実はそれは、彼氏のいとこの女の子で、その子にもちゃんと彼氏がいるのよ」

かすみ「なんでそこまで知ってるんですか?」

順子「だって、その時だって3人で来てたんだよ。たまたまいとこの彼氏が席を立って、二人きりになったとこを目撃されちゃって。でも、あの様子じゃ、弁解しても信じてもらえなかったんだろうね」

かすみ「じゃあ順子先輩、彼女に本当のことを言ってあげたら」

順子「できるわけないでしょ。あたし達、単なるウェイトレスなんだよ。ほら、いいから早く伝票持って行きなさい」

 

かすみM「その時、彼の方が立ち上がり、トイレに歩いていった」

 

順子「かすみ、チャンス。今だったら気まずくないでしょ」

かすみ「は、はい」

 

  SE 恐る恐る、歩いて行く。

 

かすみ「失礼いたします。こちら、伝票になります」

真紀「ねえ、ウェイトレスさん」

かすみ「は、はい!」

真紀「裕也、どうしたら浮気認めると思う?」

かすみ「え?」

真紀「彼よ、彼。ずっと見てたんでしょ、さっきから。裕也、浮気のこと、絶対認めないの。素直に謝れば許してあげるって言ってんのにさ。ねえ、どうすればいい?」

かすみ「私は、あの、単なるウェイトレスなので、そういうことは、ちょっと」

真紀「じゃあいいわ。ねえ、お水持って来て」

かすみ「え! お水ですか!?」

真紀「何よ。ウェイトレスなんでしょ。喉、渇いたの。早くお水、持って来てよ」

かすみ「はい! ただいま」

 

  SE 足早に戻る。

 

順子「おかえり、かすみ。大丈夫だった?」

かすみ「順子先輩、大変です。彼女、お水が欲しいって」

順子「ええ!?」

かすみ「どうしよう。かけるのかな。あ、彼もトイレから帰って来ました」

順子「しょうがない。かすみ、タオルの準備」

かすみ「順子先輩、彼、彼女に謝ってます」

順子「え? あ、ホントだ。トイレで考えて、結局謝ることにしたのかもね」

かすみ「どうして誤解なのに、認めるんですか?謝るんですか? おかしいです」

順子「違うって言ったって、信じないんだから、しょうがないでしょ。ほら、お水持ってかなきゃ。もうあたしが持ってくよ」

かすみ「いえ、あたし、持って行きます」

順子「かすみ」

 

  SE トレイにコップを乗せる。

 

かすみM「彼は、やってもいない罪を認めて、謝ってる。彼女に水をかけさせるわけにはいかない。私は二人を仲直りさせたかった」

 

かすみ「失礼いたします。お水です」

 

  SE バシャン。水のかかる音。

 

順子「かすみ!」

かすみ「失礼いたしました!」

真紀「あなた、何やってんの? 大丈夫?」

 

かすみM「私は、わざと足をもつれさせて、自分で自分に水をぶっかけた」

 

真紀「裕也……」

 

かすみM「目の前には、水がかかるのをかばって、彼女を抱き締めている、彼の姿があった」

 

真紀「ありがと、裕也。もう、大丈夫」

 

SE かすみ、くしゃみをする。

 

順子「かすみ。ばかだね、あんた」

かすみ「順子先輩、すみません」

順子「あのカップル、仲直りしたみたいだよ。彼女の方が、ようやく彼氏の言うこと信じたみたい」

かすみ「よかったです。あたし、思ったんです。彼は、彼女のことが本当に好きだから、謝ったんじゃないかって。好きだったら、きっと彼女を守るはずです」

順子「髪、拭いたら、ホール戻ってね。ウェイトレスはつらいよ、まったく」

かすみ「順子先輩、またお客さんのこと、教えて下さいね」

順子「あんたにはもう、絶対教えない(笑う)」

かすみ「なんでですかー」

 

―END―