ビクトリーへ前進 作:藤井 香織

登場人物

 サキ (18) 現役受験生 

  貴子(24) カリスマ講師

 理沙(18) サキの友人

 

            チャイムの音。

     

貴子「では、授業の前に……せーの! (テンション高く)ビクトリー予備校で、今日

  も合格へ、ぜんしーん!」

サキ(恥かしそうに)ぜ、前進……」

貴子「サキちゃん、元気がないぞ?」

サキ「あの……貴子先生、私、超文化系で、こういう体育会系のノリはちょっと……」

貴子(厳しく)良くないぞ! そういうマイナスの思い込みは人をダメにします」

サキ「じゃ、プラスの思い込みならいいんですか?」

貴子「口ごたえ厳禁! ホラ、サキちゃん。大きな声で! せーの! 今日も合格へ、

  ぜんしーん!」

サキ(ヤケになって)ぜ、ぜんしーん!」

     

サキN「貴子先生は、ちょっと変わってる。『現役合格100%のカリスマ講師』って

  聞いて、個別指導をお願いしたのに……」

     

貴子「サキちゃん。模試の結果ですが……」

サキ(緊張して)は、はい」

貴子「第一志望の国立アキバ大は……じゃーん! なんと合格判定Cでしたぁ!」

サキ(愕然と)うそ、C判定?! この前はBだったのに……私、志望校変えます!」

貴子「ダメ、絶対変えないで」

サキ(興奮して)だって! こんな時期にC判定ですよ? もっとランクダウンして確

  実な(ところに)」

貴子(サキの台詞の途中で)シーッ……! サキちゃんが一番行きたい大学はどこ?」

サキ「……国立アキバ大学ですけど」

貴子「じゃ、変える必要ない」

サキ「貴子先生、私、浪人は出来ないんです」

貴子「うん。しなきゃいいじゃん」

サキ「はあ……でも」

貴子「どうしても変えたいの?」

サキ「だって……ドコも受からなかったらるし」

     

      ドン、と机を叩く音。

     

貴子「(怒鳴って)甘いっ!」

サキ「わっ」

貴子「合格判定を気にして、一番行きたい大学をあきらめる。で、行けそうな大学を選

  ぶ……それって、一番好きな人をあきらめて、ちょっと自分にイイ顔してくれる二番

  目の男子と付き合うってことなのよ!」

サキ「は?」

貴子「そんなことで不安をまぎらわそうなんて甘い! だいたい、サキちゃんが二番目

  だと思ってる大学に、どーしても行きたいって言う人もいるのよ? その人が落ちたらどうすんのよ?」

サキ「貴子先生、自分が合格するために、みんなが考えることじゃないですか?」

貴子「ああ、甘い……私、サキちゃんの言葉で、虫歯になっちゃいそう! あのね。合

  格するために考えることは一つ。(ビシッと)ホラ、問題集を開きなさい!」

サキ「は、はい」

     

サキN「国立アキバ大学に行きたい。親も期待してるし、私も合格目指して頑張って来

  た……でも、このままじゃ不安すぎる」

     

      チャイムの音。

     

貴子「じゃ、今日はここまで。せーの、明日も合格へ、ぜんしーん!」

サキ「(テンション低く)ぜんしーん……じゃ、失礼します」

     

      バタンとドアの閉まる音。

サキ「(ため息)はあ……どうしよう」

理沙「サキ、お疲れ~」

サキ「あ、理沙。お疲れ」

理沙「聞いた? 貴子先生の噂」

サキ「え、何?」

理沙「あの人、現役合格100%を売りにしてるけど、自分は大学受験に失敗してるんだ  って」

サキ「でも、カリスマ講師でしょ?」

理沙「怪しいもんよ。貴子先生、美人だから、広告塔になってるだけかも」

サキ「どうりでアドバイスが変だと思った」

     

      チャイムの音

     

貴子「では、今日も合格へ、ぜんしーん!」

サキ「あの、貴子先生」

貴子「どうしたの? ホラ、ぜんしーん」

サキ「最終模試の結果、教えてください」

貴子「お? 手ごたえあった?」

サキ「早く結果を知りたいだけです」

貴子「じゃーん! 国立アキバ大は判定Bでした! 頑張ったんだね、サキちゃん」

サキ「やっぱり志望校、変えます、合格A判定の大学に」

貴子「ダメよ。せっかく成績上がったんだし、いけるいける!」

サキ「(イライラと)軽く言わないで下さい! もう入試まで時間がないんですよ?」

貴子「ここまで来て、好きじゃない男子と付き合うの?」

サキ「いい加減にして下さい! だから貴子先生は現役合格できなかったんですよ!」

     

      少しの間。

     

サキMO「やばい。言い過ぎたかな?」

     

貴子「……フン、だから何よ」

サキ「え?」

貴子「私も、一年目は志望校を途中で変えたの。サキちゃんみたいに弱気になって」

サキ「弱気って……」

貴子「だから、気がゆるんだのよね」

サキ「……それで、浪人?」

貴子「ええ。二年目は、どんな判定出ても無我夢中で第一志望を目指した……それで分

  かったの。一番行きたいところを、必死で目指せばいい。根性をふりしぼる時間があ

  れば、それでオッケーなの」

サキ「……二年目は、どうなったんですか?」

貴子「見事合格よ。国立アキバ大学にね」

サキ「貴子先生って、アキバ大……」

貴子「あなたが決めなさい。不安解消のためにランクダウンするか、最後まで根性(こんじょう)をふりしぼるか」

サキ「根性をふりしぼる……」

貴子「悔いのない決断をね」

     

サキMO「ずっと目指してきた国立アキバ大……あと一歩のところで挫けるとこだった」

     

サキ「よし……決めた」

     

     勇ましい音楽が流れる。

     

貴子「ビクトリー予備校で、今日も合格へ、ぜんしーん!」

サキ「(元気よく)ぜんしーん!」

 

サキN「試験当日……私は、国立アキバ大学の門をくぐった。ふりしぼった私の根性が、

  どこまで通じるか、やってみようじゃないの」

     

サキ「(声高に叫んで)合格へ、ぜんしーん!」

 

【終】